私たちが取り組む主な研究テーマを紹介します。金属電子の強い量子効果と相互作用の協奏がもたらす新物性を幅広く研究しています。
図1. 2軌道ハバード模型に対して得られた超伝導相図。 [R. Tazai, et al., Phys. Rev. B 94, 115155 (2016).]
電気抵抗がゼロになる超伝導現象は、電子がクーパー対を組むことで起きる相転移現象です。従来型の超伝導体においては、電子格子相互作用がクーパー対の引力機構でした。一方で「非従来型超伝導体」では、電子間のクーロン斥力に由来する電子相関がクーパー対をもたらします。非従来型超伝導体ではバラエティー豊かな超伝導が実現し、現代物理学の中心課題の一つです。
非従来型超伝導体の代表例は高温超伝導体であり、私たちはその研究に取り組んでいます。銅酸化物高温超伝導体(Tc<160K)では、電子のスピン自由度の量子的な揺らぎ(=スピン揺らぎ)がd波クーパー対をもたらします。一方で鉄系高温超伝導体(Tc=60K〜100K)には鉄原子のd軌道の自由度が存在し、軌道自由度の量子揺らぎ(=軌道揺らぎ)が発達するとき高温超伝導が起きることが、私たちの研究で明らかになりました。
非従来型超伝導体の別の代表例は、2つの↑スピン電子同士がクーパー対を組み、磁石のような性質を有するトリプレット超伝導です。(世の中の99%は↑と↓が対を組むシングレット超伝導です。)トリプレット超伝導は限られた強相関電子系で実現しますが、その引力機構は謎で大変注目を集めています。私たちは、軌道揺らぎとスピン揺らぎが協調して発達するときトリプレット超伝導が出現することを見出しました(図1)。
その他にもU、Ce、Co、Ni、Cr化合物など、個性豊かな非従来型超伝導体がたくさんあります。Sc研で超伝導を研究しませんか?
図2. 「スピン揺らぎ間の量子干渉」によって生じる「干渉縞」が、 軌道秩序やダビデ星型秩序、電流秩序などの多彩な量子液晶を 与えることがわかった。
電子相関がもたらす豊かな物理現象は、現代物理学の重要なテーマです。量子力学に従う電子は粒子と波の2面性を持ち、波として自由に遍歴するときは金属に、粒子として原子上に局在するときは絶縁体になります。ところが近年、粒子性と波動性を併せ持つ液晶的な電子秩序が相次いで発見されました。電子の軌道占有数の偏りである軌道秩序や,電子の原子間の飛び移りの大きさが空間的に増減するボンド秩序,原子間を永久自発電流が流れる電流秩序などがあり、大変注目されています(図2)。
私たちの研究室ではスピン揺らぎ間の量子干渉によって生じる干渉縞として量子液晶を説明する、新しい着想に基づく理論を提唱しました(図2)。この理論は、鉄系・銅酸化物超伝導体,遷移金属酸化物,重い電子系などの多彩な液晶秩序に対して適用可能です。量子液晶は、外場に対する敏感な応答性などの、豊かな機能性にも注目されています。さらに私たちの理論によると、液晶秩序の量子揺らぎはクーパー対の引力を与えます。すなわち電子液晶を理解すれば、非従来型超伝導が解明できるはずです。
図3. a カゴメ格子構造。隣り合う副格子上の電子スピンは逆向きに揃いたがるが、副格子A、B上に↑電子、↓電子が存在する時、副格子Cの電子のスピンの向きは決まらない(=幾何学的フラストレーション)。 (スピンフラストレーションの説明の絵を加える) b カゴメ格子上を永久渦電流が流れ続ける「電流秩序」。このとき電子の波動関数は非自明なトポロジカル構造を有し、異常ホール効果が出現する。 c ツイスト2層グラフェンのモアレ格子構造。 d モアレ超格子点間の飛び移り積分の増加(紫線)、減少(青線)により、3回対称性が破れたネマティック秩序になる。
2019年に発見されたカゴメ格子金属CsV3Sb5は、幾何学フラストレーションを有する新種の超伝導体です(図3a)。そこで発現するユニークな相転移―ダビデ星型秩序・電流秩序・非従来型超伝導―を巡って、熱狂的に研究が展開されています。幾何学フラストレーションによって電子は原子上に安定に局在しづらくなって、量子性が強調されます。その結果、粒子性と波動性を両立させる最適状態として、有限の半径を持つ量子液晶―ダビデ星型秩序(図2)や電流秩序(図3b)―が発現することを、私たちは明らかにしました。さらに私たちは、これらの量子液晶が融解する際に発生する強い量子揺らぎが、電子同士を強く結びつける効果があり、クーパー対が形成することを見出しました。本機構によって、カゴメ金属においてシングレットやトリプレットなど多彩な超伝導が発現することがわかりました。
また、単層グラフェンをわずかに回転して積層したツイスト多層グラフェンは、図3cのモアレ超格子を形成しますが、そこでは超伝導、量子ホール効果、量子液晶など実に多彩な電子状態が実現し、大変注目を集めています。私たちは、この系で起きる量子液晶の一種であるネマティック秩序(=自発的回転対称性の破れ)を研究しました。ツイスト多層グラフェンに特有の、「バレー自由度」とスピン自由度が複合した「SU(4)対称性」に着目しました。そして、「発達したSU(4)揺らぎの量子干渉」によって、この系のネマティック秩序が自然に説明できることを見出しました。
図4. α-(BEDT-TTF)2I3におけるディラック電子のバンド構造(ディラックコーン)。
真空中の電子は決まった静止質量を持っています。しかし固体中では、電子は様々な種類の粒子に生まれ変わります(準粒子)。とりわけ、グラフェン(2010年ノーベル賞)・有機導体・ビスマスなどで実現する、質量が殆どゼロの準粒子は「ディラック電子」と呼ばれ、その奇妙な量子輸送現象や巨大反磁性が世界的な注目を集めています。 私たちは有機導体α-(BEDT-TTF)2I3のディラック電子系において電子相関効果に着目し、異常なスピン揺らぎ(巨大コリンハ比)を理論的に初めて見出しました。このスピン揺らぎは鹿野田研(東大工)の核磁気共鳴測定により確認されています。また、ディラック電子系の表面にはトポロジカルな性質に由来する「エッジ状態」が現れます。私たちはα-(BEDT-TTF)2I3の絶縁体相がエッジ状態により金属化することを見出しました。
ディラック電子はd電子系やf電子系にも存在します。私たちは鉄系超伝導KFe2As2のディラック電子に由来する面白いスピン輸送現象を予言しました。
図5. a 軌道揺らぎを誘起するファイマン図形。 b 繰り込み群方程式(ファイマン図形)。 高エネルギーの散乱過程を漸次繰り込み、低エネルギーの有効相互作用を得る。
伝導電子が電流や熱流を運ぶ輸送現象は、電子相関による新奇現象の宝庫です。例えば電場と磁場の直交方向に起電力が生じる「ホール効果」は、各種高温超伝導体では著しく温度変化し、Tc直上で通常金属より一桁大きくなり、超伝導機構との関連が興味深いです。私たちは高次の多体効果(バーテックス補正)を考慮した輸送現象の理論を構築し、スピンや軌道の量子揺らぎによってホール効果が著しく増大される量子力学プロセスを発見しました。本研究よりホール係数の増大は発達した量子揺らぎが存在する証拠であり、これらの揺らぎが高温超伝導を媒介すると考えられます。
電子間に強いクーロン相互作用が働く強相関電子系は、高温超伝導をはじめ新規物性現象の宝庫ですが、強いクーロン相互作用の存在により、その理論的解明は容易ではありません。そこで私たちの研究室では、場の理論に基づく解析的手法とファイマン図形計算を併用した新規理論を開発し、強相関電子系の謎に迫っています(図5)。例えば、これまで無視されてきたスピン揺らぎ間の量子干渉の重要性に着目し、その干渉効果を記述するファイマン図形を取り込むことで、量子液晶の新しい理論を構築しました(図5)。また最近では,K. G. Wilson(1982年ノーベル賞)により開発された繰り込み群理論を、低次元電子系に適用することで、高次多体効果を系統的に取り組む理論を構築しました(図5)。これらの基礎的な理論研究を礎に、非従来型超伝導や量子液晶の研究を推進しています。
図6. Nd2Mo2O7におけるトポロジカルホール効果の機構。 磁気構造が電子に量子力学的位相(ベリー位相)を与え、ホール効果が生じる。 [T. Tomizawa and H. Kontani, Phys. Rev. B 80, 100401(R) (2009).]
伝導電子が電流や熱流を運ぶ輸送現象は、電子相関による新奇現象の宝庫です。例えば電場と磁場の直交方向に起電力が生じる「ホール効果」は、各種高温超伝導体では著しく温度変化し、Tc直上で通常金属より一桁大きくなり、超伝導機構との関連が興味深いです。私たちは高次の多体効果(バーテックス補正)を考慮した輸送現象の理論を構築し、スピンや軌道の量子揺らぎによってホール効果が著しく増大される量子力学プロセスを発見しました。本研究よりホール係数の増大は発達した量子揺らぎが存在する証拠であり、これらの揺らぎが高温超伝導を媒介すると考えられます。
ホール効果の親戚に、強磁性金属における「異常ホール効果」や、常磁性金属でスピン流が発生する「スピンホール効果」があります。私たちが理論的に予言した4d、5d遷移金属のスピンホール効果は、大谷研(物性研)による精密測定によって確認されました。また、非共線的(non-collinear)スピン構造が電子に与えるベリー位相に着目し、パイロクロア化合物Nd2Mo2O7(θ~2°)や反強磁性体Mn3Sn(θ=90°)で注目を集める「トポロジカル異常ホール効果」を統一的に説明しました。
スピンの代わりに電子のエネルギー分散関係の谷間(バレー)の自由度を使う「バレーホール効果」は、樽茶研(東大工)による二層グラフェンの測定で見出されました。私たちは有機導体のディラック電子系において、電荷秩序が作り出すベリー位相によりバレーホール効果が生じることを理論的に予言しています。